大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉家庭裁判所木更津支部 昭和37年(家)1172号 審判 1963年5月01日

申立人 山田なみ(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

(一)  本件申立の趣旨

申立人は昭和三七年七月二六日千葉県安房郡鴨川町長に対し山田洸(昭和一五年一〇月一二日生)山田みよこ(昭和一七年一〇月一二日生)の出生届をなしたところ鴨川町長は、上記出生子はすでにその出生当時に朝鮮人たる父より認知をうけ韓国の国籍を有していることを理由として上記出生届を受理しなかつたが上記不受理処分に対し上記出生届を受理し戸籍簿に登載すべきことを命ずる審判を求めるというのである。

しかしその理由の要旨として

(1)  該出生届は受理されている。

(2)  成程事件本人金洸こと山田洸、金美功こと山田みよこはそれぞれの出生当時の朝鮮人亡金圭良、朝鮮人亡李岳星の嫡出の長女、二女として出生届がなされたものである。しかしそれは決して認知ではない。事件本人と戸籍上の母李岳星との親子関係は千葉家庭裁判所館山支部における申立人と事件本人間の親子関係存在確認の審判において昭和三七年七月一三日否定された以上前記出生届は無効の出生届であるか又は上記届出は存在しなかつたと見なすべきである。

いずれにしろ事件本人には従来日本人として出生届がなされていないに帰するので今回新たに出生届をなしたものであるから鴨川町長がこれを受理しないのは不当であると言うにある。

(二)  当裁判所の判断

よつて考察するに

(1)  届書、申請書等の提出があつたとき市町村長はその書類が法律上適式か否かを審査して受否を決する。

したがつて受理とは市町村長が当該書類を適法なものとして判断して受領を認容する行政処分であつて単なる書類受領の事実たる受附の概念と区別すべきである。

本件の場合家庭裁判所調査官の調査報告書によれば本件出生届について鴨川町役場備付の受附帳に何等の記載がなされていないことが明かである。父出生届写によつて見ても出生届の受理欄に何等の記載がないことも明かであるそこでたとえ事実上の受附が認められるとしても法律上の所謂受理がなされたものとはどうしても認めることは出来ない。申立人の「受理されている」との主張には根拠がない。

(2)  戸籍法によれば戸籍の編成は日本人に関する場合に限られ、出生届出により戸籍の記載をなすのは出生により日本国籍を取得したものに限られている(戸籍法第六条参照)。

本件の場合事件本人両名は旧法中朝鮮人父金圭良よりその妻李岳星との嫡出子としてそれぞれその出生当時に長女、二女として戸籍の届出がなされ現在大韓民国の戸籍に登載され又日本において大韓民国人として外国人登録をしているものである。

成程昭和三七年七月一三日千葉家庭裁判所館山支部において日本人たる申立人と事件本人両名との間に親子関係存在確認の審判がなされそれにより間接的に戸籍上の母李岳星と事件本人等の親子関係は否定されてはいる。

しかし未だ事件本人と父金圭良との間においては依然としてその親子関係は否定されてないものである。

そもそも明治四四年法律第三〇号「朝鮮に施行すべき法令に関する法律」にもとづき同四五年三月一八日制令第七号「朝鮮民事令」が公布され同令第一条は一船的に朝鮮において民法が適用されることを規定したが、同令第一一条は親族相続に関する事項については民法を適用せず慣習による旨を規定した。

但し同条但書は所謂例外の例外として慣習が排除され民法が適用される場合を規定した。而して上記民事令は数次の改正を経例外の例外の場合が拡大され事件本人等出生当時においては認知の規定もその中に含まれる至つていた。

その間大正七年には法律第三九号をもつて内地外地間の異法地域間の法律衝突問題を解決して相互の連絡調整を図るため共通法が制定され、しかして事件本人出生当時前記の如く朝鮮にも認知事項については内地民法が適用されたので実質的牴触の問題が生ぜず只形式的牴触の問題のみが生じていたが同法第二条第一項によれば他の地域に関係ある民事事件についても常に各自地域(法廷地)の法令を適用すべきものとされていた。

朝鮮の戸籍については朝鮮民事令の適用ある外朝鮮戸籍令(大正一一年朝鮮総督府令第一五四号)の適用があり同戸籍令によれば「出生」「認知」について旧戸籍法と同一の規定が置かれていた。

まず本件の場合金圭良からなされた事件本人の出生届が無効のものであるかどうか検討すると大審院判例は認知の方式(旧民法八二九条)につきその要式性を緩和し「父が婚姻外に生れた子を旧戸籍法(明治三一年法律第一二号)により嫡出子として出生届をしたときは私生児認知の効力を有する」としている。即ちその届出は旧戸籍法第二一五条に該当する違法行為ではあるがこれは全く何等の効力を生じないものとは速断出来ずその届出中には父が自己の子であることを認める意思表示(親子関係を認め確定せんとする意思表示)を包含すると解し私生児認知の効力を生じるものとしている。

本件の場合千葉家庭裁判所館山支部昭和三七年(家イ)第一四号第一五号親子関係存在確認調停事件記録添付の調査官の報告書によれば事件本人の出生当時(山田洸は昭和一五年一〇年一二日生山田みよこは昭和一七年一〇月一〇日生)申立人と金圭良との間に内縁関係(妾関係)があつた事実が認められ事件本人の父が金圭良でないと否定する何等の積極的資料なく又その点について何等公権的判断がなされていない。したがつて上記の事情、上記大審院判例の趣旨、朝鮮内地ともに旧民法が適用されていた点を考慮すると事件本人に関する父金圭良の嫡出子出生届は無効ではなく金圭良が事件本人を自己の子と認める意思表示がある認知の効力を有するものと解すべきである。

その後朝鮮は独立し一九四八年大韓民国憲法が制定されたがその後も朝鮮民事令は氏婿養子に関する規定を除きその大部分がそのまま存続していたが同令は一九六〇年一月一日韓国民法が施行されるに至りその効力を失つた。韓国民法附則第二条には同法は旧法によつて生じた効力に影響を及ぼすものではない旨規定している。本件の場合事件本人の国籍については事件本人出生当時山田なみ(内地戸籍)金圭良(朝鮮戸籍)ともにいずれにしろ日本国籍を有していたので事件本人が日本国籍を有していたことは問題はないが事件本人が朝鮮人たる身分を取得していたか内地人たる身分を取得していたかは問題である。事件本人は内地人山田なみが出生した子であることは上記の如く認められ本来ならば山田なみの出生届によりその戸籍に登載されその後朝鮮人父金圭良の認知を経て又は右金圭良の庶子出生届により金圭良の朝鮮戸籍に記載さるべきところ朝鮮人金圭良朝鮮人李岳星の嫡出子として届出がなされその旨朝鮮戸籍に登載されたものであるがその出生届出に認知の効力があることは前述した通りである。何れにしても事件本人は金圭良の認知により朝鮮人金圭良の家に入り朝鮮人たる身分を得たものであることは一点の疑もない(共通法第三条昭和二五年一二月六日付民事甲第三〇六九号民事局長通達参照)。

ところが日本国の敗戦により朝鮮人の国籍について複雑な問題がおき朝鮮人が何時日本国籍を離脱したかは説の分れるところであるが平和条約発効により朝鮮人の身分を有するもの(朝鮮戸籍に登載されたもの)は日本国籍を喪失したものとするのが通説である。したがつて事件本人はその時日本国籍を喪失したものである。仮に日本国籍喪失時をポツダム宣言受諾時とするも結論には変りはない(最高裁昭和三〇年(オ)八九〇号昭和三六・四・五判決昭和二七年四月一九日民甲第四三八号民事局長通達参照)。

他方大韓民国国籍法(檀紀四二八一年(一九四八年)一二月二〇日公布施行法律第一六号)によれば事件本人の国籍は韓国にあるものと云い得る。

以上の点から事件本人は韓国の国籍を有するものであつて申立人より鴨川町長になされた事件本人の出生届は受理されるべきではなく(昭和三二年一二月五日法務省民事五発第六五三号参照)上記と趣旨を同じくし本件出生届を受理しなかつた鴨川町長の措置は毫も不法不当ではない。

いずれにしろ本件申立は失当であつて却下を免れない。

よつて主文の通り決定する。

(家事審判官 小室孝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例